競馬ファンと一口に言っても、実際にはまったく違う目的で競馬に接している人たちがいます。

私は大きく分けて、競馬ファンには3種類の人がいると思っています。もちろん正確な統計ではなく、長年競馬を見てきた私の体感です。

1.スポーツとして競馬を楽しむ人(体感:約50%)

最も一般的な競馬ファンです。

この人たちにとって競馬は、野球やサッカーを見るのと同じようなスポーツです。

好きな馬がいて、好きな騎手がいて、その活躍を応援することが何よりも楽しい。馬券を買うことはあっても、それは応援の延長線上にあるものです。

レース後には、

「今日はあの馬の伸び脚がすごかった。」

「最後の3ハロンは圧巻だった。」

「展開が向かなかっただけで能力は一番高い。」

そんな話で盛り上がります。

馬券が外れても、「惜しかった」「次は勝てる」と前向きに楽しめます。

彼らにとって重要なのは、お金ではなくレースそのものです。

競馬というスポーツを愛している人たちと言えるでしょう。

私は、この層が一番健全に競馬を楽しめているように思います。


2.ギャンブルとして競馬を楽しむ人(体感:約45%)

こちらは競馬を娯楽として楽しむ人たちです。

勝てれば嬉しいし、負ければ悔しい。

しかし、本気で勝つために勉強したり、膨大なデータを分析したりするわけではありません。

どちらかと言えば、

「今日は万馬券を狙おう。」

「一発当たれば十分。」

そんな感覚で馬券を買います。

パチンコ店のお客さんにかなり近いタイプです。

勝てば最高に気分が良い。

負けても「今日は運が悪かった」で終わる。

この層は、乱数が生み出す偶然や運の偏りを楽しんでいます。

面白いのは、勝った日は「今日はヒキが強かった」「やっぱり俺は競馬が上手い」と思いがちで、負けた日は「展開が悪かった」「騎手が悪い」と考えがちなことです。

もちろん全員ではありませんが、人間らしい心理と言えるでしょう。

競馬をギャンブルとして楽しむという意味では、この層が最も典型的です。


3.本気でお金を増やすために競馬をしている人(体感:約5%)

この層はかなり少数派です。

競馬を娯楽ではなく、資産を増やす手段として考えています。

レースを見るのも楽しみではありますが、それ以上に期待値や回収率、資金管理を重視します。

「好きな馬だから買う。」

そんな発想ではなく、

「この馬券は期待値があるから買う。」

という考え方です。

このタイプの人は、競馬だけでなくパチンコ、麻雀、ポーカーなどでも勝つための理論を理解していることが多く、確率や期待値という考え方に慣れています。

実際、小さく勝ち続けることは比較的できます。

しかし、競馬だけで生活できるほど勝ち続けるとなると話は別です。

そのレベルになると、市場との戦いになり、精神力や資金管理、情報収集などあらゆる能力が求められます。

だからこそ、この層ほど毎週悩み、試行錯誤を繰り返しています。

競馬を楽しむというより、「競馬という市場で利益を出すこと」を目的にしている人たちです。


なぜ競馬の話は噛み合わないのか

問題は、この3種類の人たちは見た目では区別がつかないことです。

同じ競馬場にいて、同じレースを見て、同じように馬券を買っています。

しかし、目的はまったく違います。

スポーツファンはレース内容を語ります。

ギャンブル好きは当たり外れを語ります。

利益を追求する人は期待値や回収率を語ります。

同じレースを見ていても、見ているものが違うのです。

だから、会話が噛み合わなくなることがよくあります。

例えば、利益を追求する人が「その買い方では長期的に勝てない」と言えば、スポーツファンは「そんなことより好きな馬を応援するのが楽しい」と答えます。

逆にスポーツファンが「あのレースは感動した」と語っても、利益を追求する人は「馬券が外れたから最悪だった」と返します。

どちらも間違っているわけではありません。

そもそも競馬に求めているものが違うのです。

それにもかかわらず、「競馬ファン」という一つの言葉で括られているため、同じ前提で話をしてしまいます。

その結果、議論はしばしばすれ違います。

さらに、人は場の空気を壊したくないので、相手に話を合わせます。

スポーツファンは期待値の話に頷き、利益を追求する人は好きな馬の話に付き合います。

しかし、本音では見ている世界が違うため、お互いにどこか違和感を抱えたまま会話が進んでいきます。

私は、競馬の議論が噛み合わない理由は、知識の差でも能力の差でもないと思っています。

一番大きな原因は、「競馬を何のためにやっているのか」という目的そのものが、人によってまったく違うことにあるのです。

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mineuma
競馬が好きすぎて、予想屋になりました。